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something beautiful...

心に美しくふれるものを求めて... something that touches your heart in a beautiful way...

【読書感想】あの頃には、もう戻れない。でも、すべてが失われたわけではない。

読書 チャレンジ3000

 

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こんにちは、kanataです。

今回は、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んで感じたこと3つをまとめていきたいと思います。

 

 

1人の人と人は、理解し合えない

 

人生は複雑な楽譜のようだ、とつくるは思う。十六分音符と三十二分音符と、たくさんの奇妙な記号と、意味不明な書き込みとで満ちている。それを正しく読み取ることは至難の業だし、たとえ正しく読み取れたとしても、またそれを正しい音に置き換えられたとしても、そこに込められた意味が人々に正しく理解され、評価されるとは限らない。

 

沙羅がどんなことを考えているのか、もちろんつくるには分からない。そして自分がそのとき考えていることをつくるは、沙羅に話すわけにはいかなかった。何があろうと自分の外には出せない種類のものごとがある。

 

それが死について、自分を消滅させることについて、半年近く真剣に思い詰めた結果だとは、そしてそれらの日々が自分の心身を大きく作り変えてしまったのだとは、つくるには言い出せなかった。そんなことを打ち明けても、そこにあったぎりぎりの心情は半分も伝わらないだろう。それくらいならまったく何も言わない方がいい。つくるは黙って、相手の話の続きを待っていた。

 

どれほど正直に心を割っても、口に出してはならないものごとはある。

 

人と人が理解し合えない、なんて書くと、なんだか悲観的に聞こえるかもしれないけど、考えれてみれば、それは普通のことなのかもしれない。だって、人それぞれ、育った環境も違うし、考え方、感じ方、価値観も違う。同じ本を読んでも、感じることや考えることも様々。でも、同じ本を読んで、すべての人が同じような感想を持ったら、それはそれで味気ない。違いがあるってことは、人それぞれの個性があるってことで良いんじゃないかと。

 

だから、どんなに言葉で上手く説明しても、自分が今感じている心を、そっくりそのまま目の前の人に伝えることは、できない。伝わらない。ときには「なんで分かってくれないの?」って、もどかしくなることもある。でも、そんなときは、逆もしかりなんだって思い出したい。

 

本当に大切なことは言葉で表すことはできないし、言葉にしたとたん、何かが失われてしまう。それは、言葉に出す前に、自分の中で感じていた輝きだったり、他の何かだったり。最近そんなことを考える。

 

人と人は、本当の意味では理解し合えない。でもその違いを、お互いの考えや気持ちを尊重することはできるって信じたい。

 

 

悪いこびとたちに、つかまらないように 

 

「私たちはここでよくそう言うの。悪いこびとたちにつかまらないようにって。だってこのあたりの森には大昔からいろんなものが住んでいるから」 

 

「この土地の冬はすごく長いんだ。春なんてもう永遠に来ないような気がする。だからついいろんな暗いことを考えてしまう。そんなこと考えないようにしようといくら思ってもね」 

 

しかし結局のところ、どれだけ遠くに逃げても、逃げ切ることはできなかった。暴力を忍ばせた暗い影が、執拗に彼女のあとを追った。 

 

はじめて、その表現が出てきたときは「ん?悪いこびとたち?何かの例えかな?」って、なんとなく、しっくりこなかった。でも、その表現が何回も出てきて、最後まで読むと、自分の中に不思議と印象に残っていた。

 

考えないようにしても、考えてしまう暗いこと。思い出したくなくても、思い出してしまう悲しい思い出。人生の中の光と影、山と谷。光や山ばっかりじゃない。誰だって影や谷の部分を経験する。どん底を経験して、すぐに跳ね上がるときもあれば、いつもより長く、谷の部分に滞在することもあるかもしれない。でも、闇を経験したからこそ、光の美しさや、ありがたみを、より深く感じることができる。

 

人生の上がり下がりは、避けて通ることはできない。でも、下がったときに、悪いこびとたちにつかまらないように...。自分の中にある迷宮に迷い込んでしまわないように...。

 

身体の筋肉を鍛えるように、心の筋肉も鍛えたい。考え方のくせ。過去に執着したり、未来を不安に思うのではなく、今この瞬間を生きるマインドセットを身につけていきたい。

 

Happiness is a state of mind.

ウォルト・ディズニー

 幸せは心が決めるもの。

 

 

あの頃には、もう戻れない。でも、すべてが失われたわけではない。

 

東京駅から新幹線に乗って一時間半ほどすれば、「乱れなく調和する親密な場所」に帰り着くことができた。そこでは穏やかに時間が流れ、心を許せる友人たちが彼を待っていてくれた。

 

高校時代の五人はほとんど隙間なく、ぴたりと調和していた。彼らは互いをあるがままに受け入れ、理解し合った。一人ひとりがそこに深い幸福感を抱けた。しかしそんな至福が永遠に続くわけはない。人はそれぞれに違った速度で成長していくし、進む方向も異なってくる。時が経つにつれ、そこには避けがたく違和が生じていっただろう。

 

小田和正さんの「あ〜の〜日、あ〜の〜とき、あ〜の〜場所で♪」じゃないけど、あの頃、あの場所で、あのメンバーで過ごした日々って誰にでもあるんじゃないかと思う。それは1つだけとは限らない。帰りたい、あの頃に。

 

去年、10年以上ぶりに、1つの思い出の場所を訪ねてみた。場所は同じでも、自分の中の思い出の場所とは、かけ離れていた。みんな成長していく、物理的にも心理的にも、違う場所に行く。昔の思い出のかけらを拾いながら、昔からの友達と色んな懐かしい話をした後、今の場所に帰ってきた。

 

帰ってきたあと(数ヶ月後くらいだったかな)、書店で「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を手に取って読み始めた。読むのに4ヶ月くらいかかったと思う。読み始めて、何回か途中で読むのをやめて、こないだパリに行ったとき、一気に読んで、日本に帰ってきて読み終わった。

 

「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ」

 

終わりの方に出てきた、この言葉。正直にいうと、今まで「もう戻ってこない、あの大切な時間」に対して、どちらかというと悲観的な思いを持っていた。でも、この言葉を読んで、不思議と、その悲観的だった思いは、洗われてどこかに流れていった。そんな気がした。

 

あの頃には、もう戻れない。でも、その事実に対する自分の気持ちは、こんな風に変わることができるんだって実感した瞬間でした。「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ」

 

 

おまけな余談

 

いや、本当にどうでもいい余談。

パリでこの本を読むのは、日本で読むのとは、何かが違うな〜って気になった。言葉で、どう表現したらいいんだろう。(ちょっとしたネタバレになりますが)主人公のつくるが、フィンランドに行く場面があって、ちょうどその場面のほとんどをパリで読んでいたのが、何かあるような気がする。

 

自分自身、異国の地にいながら、異国の地に行った主人公の話を読む。みたいな。同じ本を子どもの頃に読むのと大人になって読むのが違うように、同じ本を全く違う場所で読むのも、何か違うのかもしれない。

 

 

最後に

 

「ブログ記事を30日1記事3000文字以上」26日目終了。

残り4日なり。

 

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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。