自分プロジェクトな日々

ささやかでもいいから、自分プロジェクトをたくさん持っていると毎日が充実します。(松浦弥太郎)

【違う言語で考えると思考も変わる】「普段は何語で考えてるの?」と聞かれて考えたこと

 

この前「kanataさんって考えるときは日本語で考えるの?それとも英語で考えるの?」って聞かれた。

 

答えは「両方です」

 

今は日本語で考えることの方が多いかな。話しながら考えることが多いので、英語で話す人が周りにいないときは、意識しないと、英語で考える機会も少なくなる。

 

Googleで「違う言語で考えると思考も変わる?」で検索してみた。

 

 

[ ライフハック ] 外国語で思考するとより合理的な意思決定ができる

 

 

 

バイリンガルはどのように考えるのか 『ことばと思考』

 

ものを考えるとき、言葉で考えている。ということは、言葉がかわれば思考も変わるのか。言葉はどのように思考に影響を与えているのだろうか。

面白い。確かに、違う言語を話すと性格も変わる。違う言語だと思考も変わるということも実感として納得できる。

 

 

では、異なる言語を使うと、異なる考え方をし、異なる結論が出てくるとすると、バイリンガルの場合どうなるのか。著者は、バイリンガルを、一方の言語が得意であるものと、得意不得意なく同じように使えるものの二種に分け、前者は、得意な方の言語で考えており、後者は、どちらの言語とも異なる言葉の使い方をすると言う。独自の枠組みを自分で構築しているということのようだ。

一人のバイリンガル(トリリンガル)として興味深い内容。「どちらの言語とも異なる言葉の使い方」「独自の枠組みを自分で構築している」ってどういうことだろう?気になる。

 

 

ことばと思考 (岩波新書)

 

 

調べていくと言語相対性理論、サピア=ウォーフの仮説って出てきたので、それでまた検索してみた。

 

 

「サピア・ウォーフの仮説」

 

サピア=ウォーフの仮説とは、

「現実世界はある程度の社会の言語習慣上に無意識的に作り上げられているので、それぞれの社会は独自の言語を持っているので、社会が異なれば世界認識も異なる。ある言語に存在を指し示す言葉がなければ、それはその言語の話し手の思考や世界観の一部にはなりません、ある意味では知覚されない。」

 

 

このように、同じものを見たり聞いたりしても、そのものに対する認知(認識や思考)は、使用する言語によって大きく影響されるという説を、言語相対性仮説と言います。

 今まで幾度となく感じてきた言葉や文化の壁の正体はコレか!同じものを見ても聞いても、それに対する感じ方や考え方が使用する言語に影響される。なるほど。

 

 

まとめ的な感想

この世界に似ている人はいても、1人として同じ人はいない。共感できる部分はあったとしても、価値観、考え方、感じ方が全く同じ人なんていない。それでも、相手が話している言語で(翻訳や通訳を通してではなく)、そのまま言っている内容を理解することができたら、翻訳や通訳を通すよりも、より深く相手のことが理解できるのだと感じる。これは、今までの経験からくる感覚。

 

英語で言うと、

I strongly believe that you can understand someone better if you speak that person’s native language.

 

これもまた面白いと思うけど、自分は、日本語だと「~と感じる」とか「~と思う」という表現をよく使ってるけど、英語だと上記みたいに「I strongly believe」(~だと強く信じている、~だと確信している)という表現を使ったりする。同じことを言っているのに。

 

英語圏の世界では、個人の主張が重んじられる。「で、あなたの考えはどうなの?はっきり言いなさいよ」みたいな。

 

日本では調和が重んじられるから、自分の意見を言うにしても(そもそも発言をすること自体をしない人が多い)、周りの様子を見ながら(空気を読みながら)「~だと思う」みたいな曖昧な表現をする人の方が圧倒的に多い。